1.人生を棒に振る可能性のある試験
これから司法書士試験の勉強を始めるという人にひとつだけアドバイスをしてくれと言われたら、「やめておけ」と言います。
思っているよりずっと難しい試験です。めちゃくちゃ難しいよと言われて最悪これくらいの難しさかな?と思うその10倍は難しいです。
最初に勤めた事務所では、20年勤務している補助者がいました。彼はまだ司法書士試験を諦めていないと言っていました。
2つ目の事務所では、8年勉強していて今年が最後と覚悟を決めた補助者が、残念ながら不合格となり辞めて行きました。
下手をすると人生を棒に振る恐ろしい試験です。
とは言え、実際に勉強を始める前にいくら言われても分からないでしょうし、それでいいと思います。また、人からやめておけと言われてやめるようならどうせ受かりません。
2.予備校が「諦めるな」と言うのは当たり前
予備校の講師は諦めずに努力を続ければ必ず合格する!と言います。当たり前です。講座や答練を受けてくれないと儲かりませんから。いつまでも合格せずにダラダラと勉強を続けている受験生は、予備校にとっては格好のお得意様と言えるでしょう。
私はLECの新15カ月合格コースを受講していましたが、最初は100人くらいいた受講生がどんどん減っていいき、最後まで残ったのは30人くらいで、最終的に合格したのは私を含め3人だけです。合格しなかった97人の中で、最も人生の時間を無駄にしなかったのは、最初に脱落した人ですね。残酷な真実です。
3.努力の試験だから才能は必要ない?
この試験はひたすら暗記試験です。論文等はありません。なので努力の試験だと言う人もいます。私もそう思います。
司法書士は、自分のことを特別な才能などない凡人だと思っている人が多い気がします。こんな自分でも合格できた、努力すれば誰でも受かる試験だ、と皆言います。合格すると周りは合格者だらけになるので、つい誰でも受かる試験だと錯覚してしまいがちです。でも、はるかに多くの出会わなかった不合格者達がいるのです。
努力の試験だから才能は必要ないのか?というと、そうとは言い切れないと思います。要求される努力の量がハンパじゃないのです。膨大な量の知識を細部まで暗記する必要があります。ここまでのレベルになると、努力を継続できることが一種の才能とも思えます。
また、論文がないからと言って論理的な思考力が必要ないかというとそんなことはありません。自分の頭で考え、効率よく勉強する要領の良さが必要となってきます。がむしゃらな努力だけでは合格は難しいと思います。
実際、私の場合も1年目はLEC教材を講師に言われるがままに愚直にこなしました(1年目はこれで良かったと思っています)が、2年目からは1年目の経験を踏まえて自分で色々と考え、調べ、教材や勉強法を変える等の工夫をしました。
4.撤退も勇気か?
私は、一度も撤退を考えたことはありません。時間もお金もかけてしまったので今さら後に退けないというのが一番大きな理由でしたが。
一生合格できなかったらどうしよう?合格したとしても食べていけるのだろうか?等の余計なことは一切考えないようにし、ひたすら試験に合格するためだけの勉強をしました。途中から勉強が習慣になっていて、努力しているという感覚ではなくなっていました。その域に達することができたので、継続できたのだと思います。
私は運よく合格できましたが、正直、一生かけても受からない人っていると思います。前述の通り、努力するのも暗記するのも才能が要らないわけではないからです。人生を棒に振らないためにも、ある程度の所で撤退する勇気も必要かも知れません。例えば、3年やっているのに基準点にも届かないとか…。
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