司法書士試験における枠ズレの恐怖

受験生時代

1.枠ズレとは

司法書士試験の午後の不動産登記法の記述問題は、答案用紙にざっくりとした枠が数個用意されています。枠を全て使うとは限りません。問題文を読んで、登記申請事項がいくつあるのか判断する必要があります。例えば、4つ枠があっても登記申請事項は3つだけと判断した場合は、残りの枠には斜線を引きます。(その年の問題文の指示に従ってください。)

1つ目に記述すべき登記申請事項を見落として、本来2つ目に記述すべき登記申請事項を1つ目の枠に書いてしまった場合、以降1つずつ枠がズレてしまうことになります。これが受験界で言われるところの「枠ズレ」で、かつてはこれをやらかすと0点でした。

不動産登記法の記述問題が0点なら、他の問題がどんなに出来が良くてもほぼ不合格確定です。そもそも記述問題(不動産登記法+商業登記法)のみで足切り点が設定されています。なお、さすがに厳しすぎると思ったのか、現在の採点基準は緩和されているようです。

典型例としては、登記義務者の住所変更や氏名変更でしょう。いわゆる「名変」ですね。これを見落としただけで0点?厳しすぎない!?と思いますよね。受験生時代の私も思っていました。

2.名変飛ばしが何故0点なのか

司法書士試験に合格し、最初に勤めた事務所で決済業務を多く経験し、思いました。
うん、名変飛ばしたら0点だわ。

決済に関する登記申請は、例えば以下のように連件になることがほとんどです。

  1. 売主の「抵当権抹消」
  2. 売主から買主への「所有権移転」(土地)
  3. 買主の「所有権保存」(建物 ※新築の場合)
  4. 銀行(もしくは保証会社)の「抵当権設定」

売主の住所変更や氏名変更(本店移転や商号変更)がある場合は、当然1件目にこれを追加する必要があります。これを見落として登記申請をすると何が問題なのか。法務局から「補正」ではなく「取り下げ」を求められるのです。

補正は軽微な誤りを修正させることですが、軽微でない場合は一度取り下げて出し直せと言われます。そもそも申請件数が異なるというミスは、軽微なミスとは言えないということでしょう。

登記申請は受け付けられた時点で受付番号が振られます。例えば4連件で申請して1001~1004だったとしましょう。この番号は法務局ごと・年ごとの通番なので、あなたの後に別の人が行った登記申請に1005から受付番号が振られていきます。後日、1件抜けていたから追加してくれ、というのはそれ以降の他人の登記申請の受付番号を1つずつズラしてくれ、と言うことです。無茶ですよね。

出し直しとなると登記の受付日付も変わってしまいます。決済日ではなく後日出し直した日になります。これが大問題なのです。

決済の場で、司法書士は「必要書類は全て揃っており、間違いなく本日付で登記が受け付けられます!」と保証し、その合図を持って銀行は融資を実行します。ところが取り下げて出し直すハメになった。そのタイムラグの間に別人へ所有権移転登記がされてしまったり、差押えが入って銀行の抵当権が1番順位を取ることができなくなってしまったりすると司法書士は損害賠償ものです。

不動産取引にかかる損害賠償ですから数千万円から数億円にのぼる可能性もあります。破産した上で業界からも去ることになりかねません。例えそのようなことにはならなかったとしても、そうなる危険を生じさせたということで司法書士の信頼は失墜します。二度と仕事が貰えなくなるかもしれません。

3.万が一実務でやらかしてしまった場合…

大手の決済事務所だと毎日数十件の登記申請を出す所もあります。長年営業する中で1度も名変を見落とすなと言うほうが無理な気もします。ではいざやらかしてしまった場合、どう対処するのでしょうか。100%悪いのは司法書士側です。議論の余地はありません。だから所長が法務局に出向いてひたすら頼み込むのです。土下座したなんて噂も聞いたことがあります。

泣き落としが成功したら、法務局は「枝番」という最終奥義を使ってくれます。1001-1というような受付番号を振って名変をねじ込むんですね。

まあ、名変飛ばしたくらいで補正がきかないというのもどうかと思いますし、ミスの程度に比して司法書士が受けるダメージが大きすぎるので、法務局には柔軟に対処して欲しいところです。

なお、開き直って銀行には何の連絡もせずしれっと取り下げ→再申請を行う事務所もあると聞いたことがあります。自分達は不動産屋から仕事を回してもらっているのであって銀行からもらっているわけではない(また、抵当権設定登記の費用を負担するのは抵当権設定者(買主)であり、銀行から受け取る報酬は1円もありません。)、結果的に問題なく登記されたのであれば文句を言われる筋合いはない、という強気な姿勢のようです。まあ、実際出し直している間に他の登記が入ってしまう可能性ってかなり低いとは思いますが…。

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