私の考えは、勤務経験はあったほうがよい、ただし1年もあれば十分、です。
以下、理由を述べていきます。
1.試験と実務のギャップを知ることができる
司法書士試験はかなり実務に則しているとはいえ、ギャップが存在するのも事実です。特に気を付けるべきは登録免許税です。試験では原則しか問われませんが、実務においては様々な減税・免税措置があります。減税措置を受けられるのに原則通りの登録免許税をお客さんに請求してしまうと後からトラブルになりかねません。
所有権移転の登録免許税の税率は1000分の20だと憶えますよね。ですが実際は租税特別措置法により土地の売買による所有権移転登記の税率は1000分の15です。(執筆時点。以降同じ。)
所有権保存登記は1000分の4だと憶えますよね。住宅用家屋証明書を添付すると1000分の1.5(もしくは1000分の1)になります。同期合格者でソクドクした人が他事務所から決済ヘルプを依頼された際、「カオクショウメイ?何それ?」と言って呆れられたそうです。なお、抵当権設定登記も1000分の1になります。原則の税率よりかなり低いですよね。
もう一つ同期合格者の勤務先での失敗談ですが、当時、商工中金(株式会社商工組合中央金庫)の抵当権設定登記は1000分の3だったのを知らずに原則通り1000分の4で計算してしまったそうです。実務経験のない試験合格者のほぼ全員が「そんなん知らんわ!」と言うでしょう。(私も知りませんでした。)なお、今は1000分の4になっています。減税・免税措置は期間限定であることが多いのも要注意です。
私は勤務時代、先輩方に丁寧にご指導いただいたおかげで幸いにして大きなやらかしは経験せずにすみました。(建物の構造を「木造ストレート葺」と書いたくらいのレベルのやらかしはいくらでもありますが。。)ですが、やらかしの最終責任(損害賠償責任)をボスに負わせて実務を経験できるというのも大きなメリットです。(逆に、人を雇って自分の仕事を代わりにやらせる以上、ボスはそのリスクを甘受すべきと考えます。)
2.お作法・商慣習を知ることができる
私が勤務していた事務所の先輩司法書士が新人時代、銀行に抵当権設定書類を預かりに行った時の話です。銀行はお客さん(抵当権設定者)の印鑑証明書だけでなく、住民票の写しも用意してくれることがほとんどです。ですが先輩は「抵当権設定登記に住民票は必要ない」と判断し預からずに帰ってきたそうです。抵当権設定の前提として行う所有権移転登記に使う住民票を、銀行から預かるという慣習を知らなかったのです。(新人に教えなかったほうも悪いと思いますが。)
また、抵当権設定書類の物件欄は空欄となっていることが多々あり、その場合は司法書士側で記入するのが慣習となっています。なんでこっちで記入しなきゃいけないんだよ、と私も思いますが、かつて銀行が案件を牛耳る力が大きかった頃の名残りなのかもしれません。なのでこれも知らないと「物件空欄ですけど?」「ええ、そうですけど?」みたいなすれ違いを経験するハメになるかもしれません。
登記申請書の法務局への提出の仕方なんかも、試験勉強では身につかないことです。法務局の印紙売り場で登録免許税分の収入印紙を買って(書面申請の場合)、それを申請書の後ろの紙に貼って申請書と契印して、原本還付する書類はコピーをとって赤字で「原本還付」と書いて「原本と相違ありません 司法書士○○」と書いてハンコ押して複数枚ある場合は契印して…とか実際経験しないとわからないですよね。
3.業界の構造を理解できる
最初に勤務した事務所は決済事務所でしたが、新築戸建てを分譲販売する会社(いわゆるデベロッパー)から主に仕事を回してもらっていました。2つ目の事務所は銀行や仲介業者から決済案件をもらっていました。他には銀行の指定となっている事務所なんかもあります。なので1つの決済にデベロッパー指定の司法書士(所有権移転登記担当)と銀行指定の司法書士(抵当権設定登記担当)が2人来るなんてことがあります。
司法書士もいち民間事業者ですから、営業して仕事を取ってこなければなりません。いざ自分が独立開業した時に、どういうルートで仕事を獲得するのか検討する上で業界の構造を理解しておくことは非常に重要です。
あと、全然別の角度からの話になりますが、不動産屋や銀行員って無条件に司法書士を下に見ている人が一定数いるので、こういった連中にガツンと言ってやるためにも業界構造の理解は役立ちます。銀行から紹介してもらった案件で、買主の不動産屋に「いつもの司法書士は〇万(超低廉)でやってくれるから同じ額でやってくれ」と言われることがあります。でも応じる理由はないですよね。仕事を回してくれたのは銀行です。その不動産屋は自分にとって一見さんで常連客というわけではありません(実は常連だから割引するのも司法書士倫理違反なのですが)。今後のお付き合いを期待して(あるいは紹介者の銀行の顔を立てて)応じてしまう司法書士もいるかもしれませんが…。
また、私の経験ですが、決済後にお客さんの代理で抵当権抹消書類を受け取りに行くことになった際、銀行(抵当権者)に電話して11時から12時の間に伺いますと伝えたところ、「いや11時と12時は全然違うんで!(時間はっきりしろ)」と言われたことがあります。そもそも別にこちらが行かないといけない理由はありません。むしろ抹消銀行が決済の場に届けに来るのが本来のスジです。(昔はそうだったらしいです。今も稀に来てくれる銀行はありますが。)わざわざこちらから出向いてやると言っているお客さん(の代理人)に対し、この銀行員はそのような口をきいたということです。それともローン返済した客はもう客じゃないということでしょうか。勤務の身だったので穏便に済ませましたが、今なら支店長や上席にクレーム入れます。
以上で述べたことはほんの一例で、実際に実務を経験しないとわからないことは他にもたくさんあります。でも1、2回経験すればわかることがほとんどです。一番難しい法律の知識は、試験勉強により既に身についているのです。独立開業後につまらないことで躓かないよう、短い期間でも人の事務所で修行したほうがよいと思います。人脈も広がりますし、独立開業後に決済ヘルプを依頼してくれるかも…。
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